聖書 サムエル記下24章1節~節
ルカによる福音書18章15節~17節
説教 平和の共同体の心得「目指すは非軍事国家」
聖書には、病の癒し、苦難や抑圧から解放、死後復活など個々人の救いや十戒やイエスの山上の垂訓など神の教えが書かれているだけではなく、国家がどうあるべきかも書かれている書です。非軍事国家がその答えであると本日の聖書の個所から私は改めて気づかされました。
サムエル記は本日で終わりますが、サムエル記と次の列王記はイスラエルの王国興亡史といえます(浅見署:旧約聖書に強くなる本,p111)。本日の個所はダビデ王がカナンの地で周囲の強国を押さえ、王国を樹立させた頃のことの話です。ダビデがイスラエルの人口調査をしたことが記されています。これは軍事力を整えるための兵士の数を知るためでした。神はこのことについて災いを起こすことをダビデに告げられます。イスラエルの民は7万人が疫病で死すことになりました。神が思いとどまったのでそれ以上災いは広がらなかったのですが、主のための祭壇を作り、捧げ物を捧げるようにダビデに主の使いが告げました。ダビデが祭壇を作り捧げ物を捧げ、民の救いを祈ると主は祈りに答えられ、イスラエルに下った疫病はやみました。このことは、神の軍事国家は望まない、主に捧げ物を捧げる国家が望ましいことをしめしていると解釈できます。
主に捧げ物を捧げる国家とはどんな国家かと考えますと、本日のルカ福音書の言葉が答えと私は捉えています。「神の国は乳飲み子のような者たちのものである。はっきり言っておく。子どものように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない」と言うのです。これを読んで私は驚きと感動を覚えます。私たちが求める国家とは乳飲み子の健やかなる状態にある国家であるということではありませんか。言い換えれば弱さが支えられて生かされるような福祉国家ではないかと思うのです。武器による抑止力を持つ国家ではありません。非軍事、非武装の福祉国家を目指していっていいのだ!とこれまでの自分の思いが強められた思いでした。とてもうれしいです。
そういえば、「何よりもまず、神の国と神の義を第一に求めなさい。そうすれば(命に)必要なものはみな加えて与えられる」というようなイエスの言葉(マタイ6章33節)もあることを思い出しました。
非軍事で福祉国家を目指していきましょう。
みなさまの祝福を祈ります。