聖書 申命記32章⒋5節~52節 ヨハネによる福音書11章25節 説教 平和の共同体の心得 「私たちの命」 上村静という神学者は、神=命と言っています。これはすごいことです。そう言われると聖書がすごく理解されやすくなってきます。今は申命記を扱っていますが、たとえば、申命記の中心の十戒の冒頭、「わたしは主、あなたの神、あなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出した神である。あなたはわたしをおいて他に神があってはならない」この箇所「主」「神」の代わりに「命」を入れると何か分かりやすいと思います。本日の申命記では、神の言葉である律法がイスラエルの「命」であり、このことばによって長く生きることができると語られます。ヨハネによる福音書11章25節には「わたしは復活であり、命である。わたしを信じる者は死んでも生きる」ということが書かれています。神というのは命であったり、命にかかわりが大きいことであると捉えらることができます。わたし達が生きているということは神が共にあるということでもあるのでしょう。 そうしたとき人を殺すということは神を殺すということになりましょう。どんな人でも殺してはならないのではないです。なぜなら神がすべての人の命だからです。 皆様の祝福を祈ります。 (上村静氏はなんと仙台の尚絅学院大学の准教授でした。いつかお会いしたいです。)